無事に離婚できて良かった

DV男は見かけによらない

結婚して1年と少し経った位の時期、彼が単身赴任していて、自分自身を考える時間が増えたこともあり、このままDV夫との結婚生活をこの先何十年も続けていくことを考えるとゾッとし、何もかも手放して、自分らしく生きたいと考えるようになりました。

自分の父親にも付き添ってもらい、DVの証拠を持って、彼の両親の所へ行ったのですが、彼の両親は「まさか自分の息子が…」と言った反応でした。

彼の両親にとっては自慢の息子と言った感じでしたので、本当に信じられない気持ちだったと思います。確かに、彼は短気なわけでもなく、両親に対して暴言を吐く事があるわけでもなく、会社でも上の人には従順な、DVするとは思えないような人間に見えていたと思います。

外面も良く、DVとは無縁のような人が、家庭内や恋人間の狭い限った場所でのみ、暴力や暴言を吐く、これが、DVが表面化しにくかったり、被害者が周りの人から状況を理解してもらいにくい環境を作ってるのではないかと思ったりもします。

児童虐待も、家庭内の問題だからと、他人が関与しずらい、それと同様です。

 

自分を守るための離婚、それでも辛かった

離婚へ向けて行動に出た私ですが、本当に本当に辛かった。

散々酷いことをされたにも関わらず、彼と離れる決意ができたのに、何故か辛かった。

結婚と同時に買った新築のマンションを夜逃げ同然で出てきて、しばらく実家に住んでいたのですが、離婚が決まるまで、彼から何度も何度も謝罪の電話。その度に彼も泣き、私も泣き、次の朝、目を腫らして会社に行く日々。「やり直して欲しい」「考え直して欲しい」「自分のしてしまったことを反省する」等、言われたと思うのですが、「もう、それには応えられない」と何度も言ったのを、この記事を書きながら思い出しました。彼が、やり直したい一心で私の実家へ来て、私の父の前で、玄関のたたきで土下座をしたと、後から聞きました。そんな話を聞くとさらに辛くなり、彼の気持ちに応えられない辛さでいっぱいになってました。

もう、自分の中に「やり直せない」という答えが出ていたにもかかわらず、なんであんなに辛かったんだろうと思いますが、私の中ではなんとなく、彼を裏切ってしまったような、そんな感覚だったのかもしれません。

今思えば、私が彼から離れようと行動を起こす事は、裏切りなんかではないのは明らかです。

自分を守るための行動であり、自分を取り戻す行動であり、彼のエスカレートする言動を止めるという意味では彼のためでもあります。土下座だって、パフォーマンスとまでは言いませんが、私に対して申し訳ないという気持ちよりも、力で支配出来る相手が居なくなるのは、俺のアイデンティティが保てなくなる、だから離れないでくれ、の土下座だったのではないかと、今になって思います。

 

離婚を諦めず進んだ3ヶ月

離婚が決まるまで約3ヶ月位だったと思います。その頃のことは、もうあまり覚えていません。

離婚届は、直接会わず、先に私が書いて、彼の不在の日に彼のマンションに行って置いておき、そして彼に書いてもらった離婚届を、また彼が不在の日に私が彼のマンションへ取りに行ったように記憶しています。直接は会いませんでした。そして、私が一人で役所に提出してきました。役所に離婚届けを提出したあと、自宅へ帰る時の、風景はハッキリと覚えています。それまで、過去の出来事から、今をなんとかしようと悩んでいた自分が、前を向き、スイッチが切り替わった瞬間のような感じがしました。

 

DV男を相手に、3ヶ月で離婚できたのは早かったと思っています。それもこれも、相手がDVを認めざるを得ないような決定的な証拠を揃える事ができたからということも、一つにあると思います。慰謝料ももらいましたが、私が新しい生活を始めるために最初に必要な額を賄える程度の金額を分割でもらいました。彼も自分のしたことを認めていたので、私の要求した金額に反論することもなく、あっさりと金額は決まりました。

 

しかし、DV加害者を相手に離婚を進めて、もっともっと時間のかかる人は沢山いでしょう。

そのような被害者の方は、なかなか進まない離婚話に、いっそのこと離婚を諦めた方が楽なんじゃないかと考えてしまう人もいるのではないかと思ってしまいます。でも、そこはご自身が「自分の人生を取り戻そう」と思うのであれば、諦めずに進まれた方がお後悔しないのではないかと思うのです。今辛くても、後になって良かったと思えるはずです。私も、離婚を決意してから、離婚届を出すまでの間、精神状態が弱っていたのもあってか、自分の選択した道が本当に良かったんだろうかと考えたこともあります。でも、今ではハッキリと離婚して良かったと言えます。しかも、彼がストーカーに変貌するでもなく、無事に離婚できて良かった。

毎日、暴力の中にいて、正常な状態で生活出来るわけがありません。

今苦しんでいる方は、諦めずに、慎重に、少しづつでも前に進んで欲しいと思います。本当に本当に辛いと思います。自分には何もできない、自分は至らない人間だと思っている方もいるかもしれません。誰だって、欠点や至らない点は持っています。ですがそれが、暴力や罵声を浴びせられる原因にはならないのです。欠点や至らない点を補い合いながら、受け入れながら人間関係を作っていっているのです。暴力は、振るう方に原因や問題があると思っています。

 

しつこいようですが、今苦しんでいる方は、

自分の人生や自分らしさを諦めないで欲しいです。

今日はその一言につきます。。

 

ではまた。